インスピレーションは枯渇してます。砂漠の民の喉の如く、満たされたい欲求でいっぱいです。
コップに何も入ってないのに欲求は一杯です。おかしな話です。
盲目が手探りをしてます。
何かを掴もうと手探りしてます。
手当たり次第始めようと思います。取捨選択もしないといけません。その中でも絶対に手放さないものもありますが。
とりあえず今を生きよう。
それからだから。
インスピレーションは枯渇してます。砂漠の民の喉の如く、満たされたい欲求でいっぱいです。
コップに何も入ってないのに欲求は一杯です。おかしな話です。
盲目が手探りをしてます。
何かを掴もうと手探りしてます。
手当たり次第始めようと思います。取捨選択もしないといけません。その中でも絶対に手放さないものもありますが。
とりあえず今を生きよう。
それからだから。
最近書いてないので僕らのバンドの新曲についてでも書きます。
と言いつつも未発表楽曲なので全然どうもこうもしようもないと思いますので、
とりあえずこういうことなんだな程度に流し見してもらって構いません。
むしろそうしてもらったほうが聴いた時にいいかもしれない。
まずおおまかに言ってしまうとテーマは遊びです。
昔、鬼ごっことかかくれんぼとかした方も居らっしゃると思います。
というかしたことない人のが少ないかと。
おおまかに言ってしまうとそれで終わりなんですが、
どうせなら僕なりに考えたことをここにつらつらと書いていこうかと思います。
鬼ごっこって追う人追われる人で成り立ちますよね。
無論鬼ごっこと呼ばれるので元は鬼が追いかけたことが始まりなんでしょうけど。
でも今を生きる僕らも同じようなことはしてるのかなあと思います。
尊敬する人に付いて行く、流行に遅れないように流れに乗る、
とまあ先を行く何かに人は何かしらを持つわけです。
意識の範疇でも無意識にでも先を行く何かに何かしらを感じるのが多いと思います。
ないものねだりってやつですね。大きく言うとそういうことなんだと思います。
次にかくれんぼ。
隠れて見つからないようにする例のアレですが、
言い換えれば秘密や嘘ってことなのかなと思います。
自分にとって都合のいい何かや都合の悪い何かを心の奥底に閉まって見えないようにする。
もちろん隠れるのが下手な人も居ますね。色んな意味で。
自分の内面を隠すって事も含まれるかもしれないですよね。
他にも色々あります。
色鬼=近しい人同士を求めそこに属したがる
高鬼=より高いところを目指し、同士に競り勝つ
なんてふうにも取れるような気もします。
間違ってることも違和感もあるかと思います。ただ単純に僕が思っただけの事を書いただけなので。
でも違う目線で見てみるといろんなものが見えてくる。
これはまあ散々言われてきたことだと思いますが、
改めてそれの面白さと重要性を考えてます。
おおまかなテーマは確かに遊びなんですが、
違う目線から見たそれらを考えてみましょうってことです。
どう考えるかは個々人で自由だと思います。
遊びはもともと自由なんですから。
書いててよく解んなくなったこともあるけどまあ妥協します。
手の鳴る方へさようなら。

オーギュスト・ロダンの傑作の一つである「考える人」
考える人は何について考えてるんでしょうね。
以下Wikipedia抜粋
『考える人』(かんがえるひと、フランス語: Le Penseur)は、オーギュスト・ロダンが制作したブロンズ像である。思索にふける人物を描写している。
当初は“Le Poète”(詩人)と名づけられていたものである。ロダンは装飾美術博物館(Musée des Arts Décoratifs)の門を、ダンテの『神曲』に着想を得て制作し、それを『地獄の門』と名づけたが、この『考える人』はその門の頂上に置かれる一部分にあたり、地獄の門の上で熟考するダンテを表そうとしたものであると言う説やロダン本人を表している説などがある。
とのこと。
この「考える人」が何を考えているのかはわかりません。結局誰なのかもわかりませんが、とりあえず「考える人」は考えている。
何について考えているんでしょう。
とあるところでは歯痛に悩まされているとか言われてたり言われてなかったり。
でもまあ人は考えて生きてきました。
大きさは問いませんが自分にとって立ちはだかる何かが目の前に来た時人間は考えてきました。
考えることで脳は活性化されるそうで、とりあえず人間は日々進化してるんじゃないんでしょうか。
じゃないと今僕が文字を打っているこのパソコンも生まれて来なかったのだから。
今を生きている人は今の時代に生きやすいように日々考えてるんだと思います。
僕が生き絶えたこの先の未来では、
どんなことで悩んで、どんなことを考える人が出てくるのでしょうか。
それは未来を考えるということに繋がるのかもしれませんがそんな事を今考えてもしょうがないので、
とりあえず今僕が生きるべく必要なものについて考えてみるとします。
オーギュスト・ロダンはもしかしたら、
「考える人」に「考える人」は一体何を考えてるのかを考えさせる、という考えを込めたのかもしれません。
それこそが彼の芸術の傑作と呼ばれる由縁なのかもしれないですね。
そしてそう。これがゲシュタルト崩壊だということ。
そしてこれが静かなるパニックを引き起こしているということ。
おやすみ世界。

火を見ると落ち着く体の細胞は原始人の頃から受け継がれているんだろうなって思うんです。
と言うよりも火を焚くことで外敵から身を守ったその事実から生まれる安心感が、
今を生きる現代人にも残っていると考えたほうが正しいのかもしれません。
言うなれば人間の本能。炎を見ると気持ちが和らぐ本能。
ガスコンロの火には目もくれないのに、こう、焚き火やら暖炉の火となると何時間でも見れる気がしてしまう不思議。
敢えて言えば火もまた芸術なのかもしれない。本能が芸術を求めている。
それはさすがに言い過ぎかもしれませんが、今も尚芸術が生き残るこの世を考えたらありかもしれないとも思います。
芸術はなんでもありだ。とはよく言ったもんですが、
人々に共感してもらえなくても自分だけがわかればいい。
そんなスタンスの作家の作品が共感を得て評価された時は何て顔をすればいいのでしょうね。
共感を必要としていないところに共感を覚えるなんてこれこそ矛盾。
それすらも含めて何でもありなんだろうなと思うんです。
僕は詳しくないので大きな口を叩けませんが、素直に良いと思うものは良く、
別に心に響かなかった時はそれまでです。
作品が世に出ればそういう事実を真摯に受け止められなければならない。
音楽もそれまた然り。
僕は一介のバンドマンとしてそういう事実と向き合っていかないといけない壇上に立っているんだなと思うんです。
自分から望んだ結果、厳しくも長い道筋の上に立っているんです。
言ってしまえばまだまだ立ったばかりかもしれません。
それでも音楽を世に出した責任を僕は真摯に受け止めなければならないんだと思います。
例えば僕らの楽曲を褒めてくれる人。
それはもちろんとても嬉しいですし喜ばしい事なんですがそれだけでは人間伸び悩みます。もちろんのことだと思います。
否定や助言の意見もあり、それを真っ向から否定せず「受け止められる」ようになった時、
人間は成長するんだと今更ながら思うんです。
無論僕らの音楽は万人受けするようなものを狙って行っているわけではございませんが、
それでも多くの人に聴いてもらいたい。という真摯な思いで僕はバンド活動している訳です。
流動性である音楽と言う芸術を創り上げる僕ら。
火を見て安堵に包まれる原始人の彼ら。
きっとどこかで紙一重なのかもしれません。
揺れる炎のような煮えたぎる思いを歌に落とし込めたらなあと、
ゆらり揺れながら思う午前4時過ぎ。
もうすぐ夜は明けます。おはよう世界。
おやすみ世界。

ツル星人。
本当はちゃんとした折り方があるんだけど、わからなかったから自分で試行錯誤してなんとか創り上げた。
とか書いてる間に朝四時を回ってめざにゅーが始まってしまった。
僕は根っからの夜行性。助けてくれツル星人。
早急に一人暮らしもとい家を出たいなあと思いました。
何かあったという訳ではなく、もう個人的に限界なのです。
どう限界なのか問われればそれまでですが、今は言えないのです。
とりあえず家を出たい。それだけが気力の糧となり何とか頑張れている気がします。
昨日の続きのないものねだりなのかもしれないですね。
僕は今この日常を非常に脱したい欲求に苛まれているッ!
僕は将来普通に生きて普通に終わるんだろうなあなんて思ったりもした。
けれど大学入ってそれはガラリと変わったんです。
自分にとって刺激のあるもの面白いもの自分を高めてくれるもの幸せになれるもの、
その他諸々それらを余すところ無く手に入れてから終わりたいなんて思ったんです。
不意に思ったんです。急に思ったんです。
それが自分が自分に出したぎりぎりのサインなのかもしれません。
「今のままじゃ何も起伏のない人生を送ることになる」
普通を目指したとしても起伏のない人生は確かに嫌だってのも思ったりもしてました。
確かにそう、僕は我儘だった。自分勝手だった。
未だそれは治ってないかもしれない。治そうとしてない自分がいることも否定はしない。
とか言って結局は何も変わらないということ。
とりあえず伝えたい事がないということ。
でも家を出たいのは本当。穢れ無き真実の心の言葉。
その表ではヒーローを求めて足掻いている。
なんつって。
今年の恵方は北北西(よりやや右)だそうです。
鬼なんてぶっ飛ばしてやりましょう。
そーれ鬼は外。

グレーと青の境界午後3時。
久々に自由だったので久々に渋谷に足を運んだ。
寒くはなかった。冬のような感じはしなかった。
明日からまた真冬に逆戻りだそうです。
寒いのは個人的に苦手なので、
早く暖かくなればいいのになんて白い息を吐きながら心の中で思うのです。
マフラーは嫌い。有ったら有ったに越したことはないけど、首周りのうっとおしさがどうも好きになれない。
故、寒いのは苦手。わがままながら寒いのは苦手。
根本的潜在的に人類は「ないものねだり」なんだと思うのです。
人が食べるもの、人が使うもの、人が着ているもの。
自分にはないものを脳は無意識に欲しているのかもしれない。
日常を壊す非日常のないものねだり。
非日常になったらなったで平穏を欲すないものねだり。
人生は多少刺激があったほうが面白い。そんなことを裏付けるのかもしれない。
白黒はっきりしてるのがもしかして面白いのかもしれない。
僕にとっての刺激とはなんなのだろう。
不意に昔のシゲキックスの固いやつを想像して口の中が唾液で満たされてしまう。
白でもない黒でもない灰色な日々を送ることに意味はあるのかと、
考えれば考えるほど灰色に染まっていくんです。
灰色に差し色を。日常に刺激を。

↑センマイ
牛のどっかの腸。
色々なホルモン食べてきたけれど、センマイさえあれば僕は生きていけるのではないかって言うくらい、
センマイが好きなんだなあと僕は思いました。
センマイに囲まれて生きていきたい。でも見た目グロいから発狂するかもしれない。
もやもやは尽きませんね!
もやもやといえばもう2月。
2012年始まってもう一ヶ月過ぎたあたり、一日の速さをひしひしと感じているのです。
僕は明日は何しているんでしょう。どこに居るんでしょう。
そんな事考えても夜明けはやって来るのです。朝はやって来るのです。
夜明け前の明るくなる空に昨日と今日の境目を探して、
僕は空を見上げているのです。
ポエムです。
嘘です。
ポエムですって書いた途端、ふざけた感じが漂い始めましたね。
もやもやを表したかったのに、メルヘンになりましたね。
僕はいたってソリッドです。メルヘンなんて放り投げてソリッドに生きたいのです。
まとめ:もう2月ですね。頑張りましょう。